Goodwood Cafe top / Woody Note top
 ■07年8月4日  岩手魂 〜宮沢賢治のすすめ〜  (ブログ アーカイブス)

 
  先日のブログエントリーの『岩手魂 第一回』 で「次は宮沢賢治について書く」 と言ってから、はや一ヶ月が経ってしまった。「大好きなミヤケンについてなんて、いくらでも書けるさ。」 とたかをくくっていたわけだが、その「いくらでも」 と言うのが逆にネックになった。要するに書くことがありすぎてまとまらなかったのだ。
 そういうわけで、他のサイトや本で書いてあるような一般的な紹介文は割愛し、ごく個人的な好みに基づいて、ある一つの作品について書いてみたい。

      ☆  ☆  ☆

 岩手を訪れて賢治ゆかりの土地をぶらぶらしていると、細かい雑貨から大きな施設まで、ありとあらゆるモノに 『賢治の』 とか、『イーハトーブ』 とかの冠言葉が付いていることに驚かされる。いったい宮沢賢治が岩手諸地域にもたらした経済効果はいくらになるのだろう。
 誤解されると困るが、僕はそれを揶揄しているわけではない。岩手の人々が賢治の魂を大切にしているのはよくわかるし、だからこそ何度でも訪れているのだ。
 そんな岩手好き・賢治好きたちの財布のヒモを緩ませる、いや違った、知的好奇心をくすぐる賢治関連キラー・ワードのひとつとして、僕が個人的に一番弱い単語がある。それは 『銀河』 という言葉だ。この単語はそう、かの名作 『銀河鉄道の夜』を喚起させるスイッチに他ならない。
 以下、未読の方のためにストーリーには触れずに話を進める。

 僕が初めて 『銀河鉄道〜』 を読んだのは、予備校生として東京生活をしていた十代後半の頃である。夏休みの息抜きに何か本でも…と思って何気なく手に取ったのだが、読み終えた後でアパートの床に寝転んだまま、僕はしばらく呆然と動くことが出来なかった。その物語の悲しみに満ちた深遠なテーマと、見たこともない世界観に、まさに衝撃を受けたのだ。
 その夏のうちに、僕は賢治のほかの作品を読み漁り、そして岩手にも足を伸ばした。僕の本格的な岩手好きは、宮沢賢治との出会いと共にこの時始まったのである。

 『銀河〜』 をこれから読んでみようかと思っている人がこのブログを見ていたら、各出版社から色んなバージョンが出ているが、とりあえずは新潮文庫のスタンダードなものが良いのではないかと思う。物語は中編なので、半日もあれば読み終えることが出来る。また物語は夏の話だから、夏のうちがいい。各地の夏祭りが真っ盛りの今の季節は、銀河鉄道の世界に浸るにはベスト・シーズンである。

 ここまで読んで『銀河〜』 に興味をもたれた方に、あるいは「Woodyに言われなくてもそんな名作すでに読んでるよ。」 と言う方にも、銀河鉄道の夜の世界をさらに楽しむ、僕のおすすめ三点セットを紹介しておこう。

      ☆  ☆  ☆

@新潮カセット(CD)銀河鉄道の夜


  『銀河〜』 の朗読版である。朗読版は様々出ているが、僕が聞いた中では岸田今日子さんの朗読によるこのカセットが一番良かった。
 一人で老若男女の声を演じ分ける岸田さんの七色ヴォイスが魅惑的。そしてまた岸田さんの深みのある声が、物語の静謐な雰囲気にぴったり合っている。BGMや効果音も適度に入っているので、ぼーっと聴いていると自然に物語に入り込める。寝るときに流しておくのも良い。僕が買った当時はカセットのみだったが、今はCDでも出ているし、オンラインでダウンロードもできるようだ。ちなみに声の主演はパズーやルフィでおなじみの田中真弓さん。


Aアニメ 銀河鉄道の夜(ビデオ or DVD)

 
 僕はこの映画のポスターのイメージがあったので、『銀河〜』 は猫の話だとずっと思っていた。ストーリーはほぼ原作どおりなので、本を読むのはめんどくさいという方にもおススメ。ただしセリフ以外は宮沢賢治独特の文体が楽しめないのが欠点か。
 1985年の作品になるので、今時のアニメと比べたら映像技術などは比べようもなく古風である。しかし今見ると逆にそれが原作が持つ愛すべき素朴さにマッチしている。細野晴臣さんの手によるちょっと重厚なサントラの音楽も含め、幻想的でミステリアスな雰囲気が漂う。
 ただネコキャラということも含めてこの作品のビジュアルイメージが自分の『銀河〜』のイメージに合うかどうかは、好みが分かれるようだ。
 (※ちなみに賢治は作品の中で主人公が人間だとか猫だとかは言っていない。でもまあ、人間と考えるのが普通か。)


B加古隆CD 『 Kenji 』


 最後はピアニスト加古隆さんの1988年の作品。これは『銀河〜』だけではなく、宮沢賢治の色んな作品を声優の野沢那智さんが部分的に朗読、それに加古さんが音楽をつけたという音モノである。

 去年加古さんのコンサートを聴きに行ったのだが、その時ご本人がMCでこのCDのことを語っておられた。加古さんは以前から賢治ファンで、賢治の故郷である花巻なども旅したことがあり、この作品はそこで感じた空気感を思いながら作ったのだそうである。
 僕はその話を聞いて「やはり」と膝を打った。この、一曲目のイントロが始まった瞬間に一瞬にして岩手のあの空気に呼び込まれるような音の『空気感』は、ただ賢治作品を読んだだけでなく実際にあの空気を感じた人でなければ表現できないはずだと思っていたからだ。

 僕がこのCDを手にしてからかれこれ15年以上もたつが、いまだに飽きることなく聴き続けている愛聴盤である。
 加古さんの真骨頂とも言える、胸かきむしらんばかりの哀切ないピアノの旋律は、困窮と苦難の中で理想を求め続けながらも若くして亡くなった、宮沢賢治の魂の清廉さそのものである。





Goodwood Cafe top / Woody Note top